エリアイノベーションから見る「暮らし観光」とは?「暮らし観光アカデミア」開催レポート

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こんにちは。嬉野温泉暮らし観光案内所の編集長、大塚たくまです。

2024年2月7日、旅館大村屋では「暮らし観光アカデミア」と題したイベントが開催されたので、取材しました。

「暮らし観光」とは、いったい何なのか。そして、「暮らし観光」によって、まちの魅力を再発見し、移住や関係人口の増加を促し、地域のつながりを強めるにはどうすればいいのか。そんなテーマで行うトークセッションです。

今回は日本全国で「ローカルフォト」活動を推進する写真家のMOTOKOさんと、小城市で暮らし観光を実践する、音成印刷の音成信介さんと旅館大村屋の北川健太のトークセッションという形で開催されました。

※当初予定されていた、埼玉県大宮で「暮らし観光」に通じるまちづくりを展開する建築家の伊藤孝仁さんは体調不良で急遽欠席になりました。

開催時間の前から、旅館大村屋の湯けむりラウンジは行政関係者や、地域で活動する民間の方々など、多くの出席者で賑わいました。「暮らし観光」について、どんな熱い考察が聞けるのか、期待が高まります。

「暮らし観光アカデミア」の当日の様子は、YouTubeでもご覧いただけます。興味のある方はご視聴ください。

「暮らし観光」とは?

暮らし観光とは、「生活空間を観光資源として新たに捉え直し、地域の活性化に寄与する観光のスタイル」と、暮らし観光アカデミアのイベント概要には記載されています。そう言うと、なんだか難しく、ピンと来ないかもしれません。

「生活空間を観光資源として新たに捉え直す」とは、どういうことか。

このサイトでも「嬉野温泉 暮らし観光案内所」と題し、「暮らし観光」の楽しみ方をお伝えしてきました。暮らし観光の主役は、その土地の人々の「暮らし」です。つまり、地元の方々の生活空間を観光の視点で見つめてみることで、新たな価値を発見します。

これまで「観光」と「生活」は切り分けられることが普通でした。観光客が訪れる場所と、地元の方が生活を営む場所は異なっていたのです。

しかし、これからは必ずしもそうでなくてもいいんじゃないか。むしろ、ありのままの生活空間をそのまま、観光客の皆さんにも楽しんでいただいていいんじゃないか。そして、そのほうが持続可能なんじゃないか。「暮らし観光」とは、そんな取り組みなんです。

本サイト「嬉野温泉 暮らし観光案内所」では、「嬉野温泉」の観光ガイドブックには掲載されていないような、地元にお住いの方ならではの情報が数多く載っています。地元の方が愛する人や場所、モノやコトを、観光客の方々にも同じように楽しんでもらえたらいいなと思っています。

さあ、いよいよ「暮らし観光アカデミア」がスタートします。まずは、MOTOKOさんのプレゼンテーションです。

「暮らし観光」の原点となる「ローカルフォト」

MOTOKOさん

MOTOKOさんは、1996年から活動する写真家です。

MOTOKOさんは現在の活動を「どういう写真を撮れば、まちが元気になるのかということを日々模索しながら、活動しています」と表現しました。

MOTOKOさんは、もともと、広告写真を撮影していた方です。2013年に香川県の小豆島に在住する女性7人のカメラチーム「小豆島カメラ」の立ち上げが転機となりました。

「小豆島カメラ」では、小豆島在住の女性7人が、日々の暮らしのシーンを撮影し、小豆島の魅力を発信しています。この活動をきっかけに、MOTOKOさんは、まちの「暮らし」や「文化」を撮る、“ローカルフォト”の活動を精力的に行うようになりました。

MOTOKOさんは地域の人々が撮影する写真によって、まちが元気になる力を感じるようになります。カメラの力で、まちにある「ひと」「もの」「こと」に光を当てることで、まちの魅力を再発見でき、地域の誇り(シビックプライド)を醸成できることを伝えています。

この「小豆島カメラ」から始まる、ローカルフォトの活動は「暮らし観光」の原点となっているのです。

外注に依存しない主体性あるまちづくりの重要性

MOTOKOさんは、現代で重要となっている「まちづくりスキル」について、3つのキーワードを示しました。それが、以下の3つです。

  • 空き家リノベーション
  • 情報発信
  • 観光振興

それぞれ、簡単に解説します。

①空き家リノベーション

人口減少によって生まれる空き家を利活用し、新たな価値を生み出す取り組みのことです。

代表的な事例として「リビルディングセンタージャパン」(長野県諏訪市)の事例が挙げられます。

リビルディングセンタージャパンについて詳しくはこちら↓

リビルディングセンタージャパン

古材から物件まで。“手放すモノ”に新しい使い道を提案。

古材を救う。ものが循環する社会を目指して。

②情報発信

地域の情報を発信する活動のことです。たとえば、ローカルメディアを作ったり、シティプロモーションをしたりする活動を指します。

まちのなかにある一つのもの、ことではなく、まち全体の魅力をアピールする発信であることがポイントです。

代表的な事例として「いこまち宣伝部」(奈良県生駒市)の事例が挙げられます。

いこまち宣伝部について詳しくはこちら↓

市民PRチーム「いこまち宣伝部」

2022グッドデザイン賞 地域の魅力を発信する市民PRチーム いこまち宣伝部

③観光振興

ここで言う「観光」は、従来のガイドブックに載っているような「観光」とは違います。

工場や工房を見学する「産業観光」や、農業を体験する「アグリツーリズム」、商店街のまちあるきなど、まちの営みを丸ごと観光にするような取り組みのことです。

代表的な事例として「RENEW」(福井県鯖江市)の事例が挙げられます。

RENEWについて詳しくはこちら↓

RENEW

なぜ『RENEW福井』は日本トップクラスの産業観光イベントに発展したのか?(運営の「体制」編)

新山直広(TSUGI代表 / RENEWディレクター) – 地域の資源を見つけ、磨いて、価値化することで、創造的な産地をつくる

外注依存はもう終わり

このようなまちづくりの成功事例において、例外なく主体は地域住民に存在すると、MOTOKOさんは指摘します。

「まだまちづくりがわからないころは、東京から「先生」を呼んでやっていました。でも、今は地域の人たちが自分たちで、全く依存せずにやっているんです。地元で自立したプレイヤーがどんどん出てきています。地元でよいプレーヤーが生まれると、その影響で移住者も増える実感があります。」

都心にある新しいものを地域に持ってきて、何か新たなことをやるのではありません。空き家にしても、観光にしても、古いものを活かして、豊かに暮らす。そして、そんな暮らしを発信する。それこそが「RE: INNOVATION」(リノベーション)なのです。

「日常風景」を「観光資源」と見立てる

暮らし観光アカデミア オンライン配信より

戦後の時代では当たり前だったものの多くは衰退し、バブル崩壊以降に私たちはたくさんの日常風景を失いました。しかし、今でも残っているかつての日常風景も多くあります。

そんなまちの消えゆく日常風景を「観光資源」と見立てることで、新たな価値が生まれ、持続可能にすることができるのです。

日常風景である、工場や工房も観光になります。実際、福井県鯖江市で開催されている70社以上の工房を一斉開放する産業観光イベント「RENEW」では、3日間で3万人の来場を記録しており、業界に衝撃を与えています。

※「RENEW」について詳細はこちら

古いものが、新しい。そんな時代になりました。新しいものが当たり前の現代では、古いものこそが、新しいのです。

だからこそ、無理に新たなものをつくらなくてよいのです。地元住民が「ここ寂しいな」「もうダメだな」と思ってしまうような「消えゆく日常風景」を「観光資源」と見立ててみます。

そうすると、他の地域の方々が新たな価値を見つけてくれるかもしれません。暮らし観光には、そんな可能性があるのです。

個人商店は観光地であり文化遺産

他人の日常は、自分にとっての非日常。異なる日常を楽しむ考え方が暮らし観光です。そんな暮らし観光の世界観を手軽に楽しめるのが、まち歩きです。

たとえば、神奈川県の「泊まれる出版社」として有名な「真鶴出版」では、1~2時間ゲストと一緒にまち歩きを行っています。

まち歩きを行うなかで、もっとも盛り上がるのは「個人商店」だと、MOTOKOさんは語ります。

「佐賀を訪れたとき、地元の若い人が愛するお店は個人商店ばかりでした。それがすごく印象的だったんです。」

暮らし観光アカデミア オンライン配信より

若い世代は、昔ながらの個人商店を昭和遺産と捉えています。現在の親世代にとっては、普段のまちでしかないものも、子ども世代から見れば宝なのかもしれません。このような動きは全国で加速しているのです。

もう「みんなが憧れる場所に私も行きたい」という観光の時代は終わりを告げ、場所が主役ではなく、自分が主役になる旅の時代となりました。体験重視の、自分だけの独自体験をする旅が求められています。

そんな時代にも「暮らし観光」は合っているのです。新たに何かをつくる必要はなく、「地元の主体となるプレーヤー」だけが必要とされています。

MOTOKOさんから学ぶ暮らし観光は、「自分も自分のまちで何かできるかもしれない」と感じさせられる、とても濃厚な内容のお話でした。

25歳のころ、潰れる寸前の旅館を引き継いだ

旅館大村屋 北川健太

続いてプレゼンするのは、旅館大村屋の北川さんです。北川さんは2008年、25歳の頃に旅館大村屋の社長に就任しました。

社長に就任後、温泉街を盛り上げるために、まちぐるみのさまざまなイベントを開催し、ガイアの夜明けにも取り上げられたことがあります。

「潰れる寸前の旅館を引き継ぎ、お金もなくて、自分の旅館だけでは集客できないと思ったからやっていただけです。ただ、温泉街に人が来てほしいという気持ちでした。まち自体に集客すれば、きっと大村屋にも来てくれると思ったんです」

北川さんは少年時代に、元気だった頃の嬉野を見ていました。夜はうるさいと思うほどに、温泉街から下駄の音が鳴り響いていたと言います。

暮らし観光アカデミア オンライン配信より

しかし、バブル崩壊後、まちは一変。観光客の姿が消え、旅館もなくなり始めました。北川さんが17歳の頃は、全国的にも旅館やホテルの倒産数はピークを迎えます。もちろん、嬉野も例外ではありません。

まちはみるみる寂しくなり「このまちはダメだ」と感じた北川さんは、音楽業界や出版業界に憧れを持ち、東京の大学へ行きました。卒業後、わずか3年で嬉野へ戻ることになるのですが……。

嬉野に元からある「宝」の価値を高める

温泉街のにぎわいを取り戻すという、嬉野を覆う重い社会課題の前に、一つの旅館で立ち向かうのは、なかなか難しいのが実情。そんなときに思い出したのが、北川さんの叔母が語った「一番になるな」という言葉です。

「一番はこの嬉野という土地。この土地があるおかげで、温泉が湧き出て、商売ができている。」

嬉野の恵みは1300年前から湧き出る温泉だけではありません。500年前から嬉野茶の栽培が始まっていますし、肥前吉田焼も約400年の歴史を持ちます。先人によって守られ続けた、この3つの産業は嬉野の宝です。

暮らし観光アカデミア オンライン配信より

そんな嬉野の宝を磨き直すために始まったのが、「嬉野茶時」という活動です。旅館や茶農家、肥前吉田焼の窯元など、異業種が集まったプロジェクトでした。

プロジェクトが始まった2016年当時、嬉野の茶農家のほとんどは「お茶を作れば作るほど赤字になる」というほどの赤字でした。今にも嬉野茶の歴史が終わりそうなピンチだったのです。

当時、嬉野茶の価値はそれほどまで高いものではありませんでした。その背景には、お茶農家自身が「高いお茶は誰も買わない」と諦めていたことがあります。

実際、嬉野茶時の活動の中で、旅館側が「嬉野茶を1杯800円〜1000円で提供したい」というと、お茶農家から「高すぎる」「誰も買わない」と猛反対を受けるという出来事がありました。

それもそのはず。当時のお茶農家が催すイベントと言えば、ショッピングモールで無料でお茶を大量に配ったり、1000円でお茶の詰め放題のイベントをやったりというものでした。お茶の価値を自ら下げるようなイベントしかやったことがなかったのです。

そんなときに旅館の「空間にこだわれば、価値を高められる」という発想はとてもマッチしていました。現在、嬉野茶時プロジェクトで運営している「茶空間体験」では、絶景の茶畑の中で生産者やコンシェルジュの丁寧なプレゼンテーションを受けながらお茶を楽しめます。

3種類のお茶と2種類の菓子で1人1万5000円。ここまで価値を高めることができました。1杯のお茶が約5000円の価値となりますが、この価格でもヒットしているのです。

スタッフ不足から始まった「暮らし観光」の情報発信

旅館大村屋では、本サイト「嬉野温泉暮らし観光案内所」の運営を行っています。もちろん「まちの魅力を伝える」という想いは強くありますが、始まったきっかけは「スタッフ不足の課題解消」という問題からでした。

当初は「求人のために連載企画を始めてほしい」という相談だったのですが、筆者が妻に相談したところ「そもそも、嬉野って誰が働きたいと思うの?」と言われて、答えられなかったことがきっかけだったのです。

勇気を出して、私がその話を北川さんに告げたところ「働く人のためにまちの魅力を伝えることが重要」という結論となり、「嬉野温泉暮らし観光案内所」がスタートしたのです。

いざ始まると「嬉野温泉 暮らし観光案内所」は、宿泊客のまち歩きガイドとしても、機能し始めました。

「旅館のお客様一人ひとりとまち歩きはできないので、Webを使って、まちの個人商店の情報や、暮らす人のインタビューを発信するようになりました。」

嬉野にある何気ない日常、風土、歴史。それらを深堀りするインタビュー記事は、度々インターネットで拡散することもありました。嬉野の豊かな暮らしを発信することで、何より執筆している筆者自身が嬉野の大ファンになっています。それが、暮らし観光の力です。

採用活動に成果を発揮した暮らし観光

暮らし観光アカデミア オンライン配信より

「嬉野温泉 暮らし観光案内所」は、きちんと採用でも成果を出しました。なんと始めて3年で正社員が17名増加。アルバイトは10名増加。断った人数は30名以上に上ります。長年、新入社員の採用を行っていなかったことを考えると、驚異的な数字です。

「観光地で働きたかったという社員に話を聞くと、『調べても観光情報しか出なくて不便だった』と話してくれました。でも、大村屋のサイトを見れば暮らしの情報が載っているので『なんだか大丈夫そう』と思えたと話してくれました。」

暮らしの情報発信をすることで、入社後の生活をイメージすることができるようになったのです。暮らし観光の情報発信は、単に「行きたい」という観光の意欲を高めるだけでなく「住みたい」という移住の意欲を高めてくれるような効果があります。

「大村屋で働く労働者ではなく、嬉野で暮らす人を増やすという気持ちで採用活動を行っています。そのため、入社初日には必ずまち歩きをして、安心してもらっているんですよ。」

大村屋に入社した新入社員として、社長自ら紹介しながら、まちを歩きます。「今日からここで暮らすんだ」という実感が湧き、新生活に不安を抱える中、きっと「ひとりじゃない」と安心できるはずです。

暮らし観光アカデミア オンライン配信より

さらに「嬉野温泉 暮らし観光案内所」はSEO対策を施しているため、嬉野について検索すると、数多くヒットするようになります。そうしたことで、エージェントを通さずに、Webサイトからの直接予約の割合が増えました。

エージェントを通さなくなることで、手数料を支払わなくて良くなるので、旅館の利益は多くなります。

このように、旅館大村屋の場合は「暮らし観光」が単なる地域の取組みだけではなく、経営にもよい影響を与えていることが数値でも現れ始めているのです。

フリーペーパーで自然と始めていた「暮らし観光」

音成印刷株式会社 音成信介さん

最後にプレゼンをするのは、音成印刷株式会社の代表を務める、音成信介さん。「おぎなう」という、地元である佐賀県小城市のフリーペーパーを発刊しています。

「おぎなう」のコンセプトは「小城市を100倍楽しくする」ということ。小城の隠れた情報、旬な情報を電子媒体でどんどん発信します。

「おぎなう」には、小城のことばかりが書かれており、絶対に表紙は地元の人にするというルールが存在します。完全地域密着のフリーペーパーなのです。


「私は『あなたがやっていることが暮らし観光だ』と言われて、気がつきました。」と語る音成さん。自らの取り組みを「暮らし観光」と定義できたことで、さらに活動は活発になっていきます。

「暮らしぶり」を伝えるまち歩き

音成さんは、嬉野の「嬉野暮らし観光まちあるきイベント」に参加したことで、小城でも「おぎ暮らし観光まち歩き」をスタートさせます。

音成さんが「おぎ暮らし観光まち歩き」を行う上で意識しているのは、以下の3点です。

  • まちの営みを伝える
  • まちで暮らす人に会う
  • 裏道を歩く

ただ歩くだけではなく、「営み」を伝えるというのは、地元の人しかできないアテンドです。

「子供のころに何度も通った道です、とか、小城の人は屋外で飲むのが好きなんです、とか。まちと一緒に『暮らしぶり』を伝えています。」

暮らし観光アカデミア オンライン配信より

たとえば、この昭和バスの看板。地元の人にとっては、日常風景ですが、音成さんはこのように案内します。

「まち並みが変わっていく中で、ぼくが生まれたときのまま残っている、貴重な昭和バスの看板です。『心はずむ たのしい旅立ち』なんてコピー、今は見ないですよね。こんなものが残っていることがエモいですよね」

そう言われると、急にこの看板が特別なものに思え、コピーやフォントのかわいらしさにも気づけます。「日常風景を観光に見立てる」を、まさに実践されている案内です。自分のまちも「暮らし観光」視点で見つめてみたくなりました。

「おぎ暮らし観光まち歩き」を3回実施したところ、既に1人が移住を決断したとのこと。まちの暮らしや、地元の方々と触れ合ったことで、安心できたことが要因になったそうです。

さらに、小城に住む地元の人にとっても、まちへの理解が深まるきっかけになっているのだとか。観光客も地元住民も、みんなで入り混じって楽しめるのが、「暮らし観光まち歩き」の魅力なのです。

「リアルイベント」と「発信」両輪の重要性

暮らし観光まち歩きは、参加者同士の交流を生むことも魅力のひとつです。音成さんは実際に数々の暮らし観光まち歩きイベントに参加したことで、友人がたくさん増えたのだそう。

そんな暮らし観光に必要な要素は「発信」であると、音成さんは語ります。

暮らし観光アカデミア オンライン配信より

「リアルイベントと情報発信ツールの両輪が大事だと思います。リアルイベントをやって、それを発信していくことで、ファンが増えていくんだということは、けっこう重要な要素だとは感じています。」

情報発信ツールで知った方が、リアルイベントに参加。そして、リアルイベントに参加した方々が、発信された情報を楽しみ続ける。

この好循環が生まれ続けることで、そのまちを好きになる仲間が増え、まちは少しずつ元気になっていくのです。

どんな街でも始められる「暮らし観光」

濃厚な内容となった「暮らし観光アカデミア」は、「暮らし観光はどんな街でもスタートできる」と勇気を与えてくれるような内容でした。

なぜなら、もっとも重要な取り組みは「視点を切り替えて、主体性を持つ」という、情熱ある地元住民さえいれば、何もコストが掛からないからです。

今から始めないと格差が広がり、移住者がくるところと、来ないところが明確に分かれるようになってくるとも思います。まずは、自分のまちで「観光資源」に見立てられないか、考えながら「暮らし観光まち歩き」をやってみてはいかがでしょうか。

その後、会は参加者の質問に答えたり、感想を言い合ったりでさらに盛り上がり、大盛況のまま閉会となりました。

終わった後も、暮らし観光について熱く語っている様子を見て、きっとこれからもまだまだ「暮らし観光」は盛り上がっていくと感じました。いろんな地域の暮らし観光を、見てみたいですね。

「暮らし観光アカデミア」の当日の様子は、YouTubeでもご覧いただけます。興味のある方はご視聴ください。

Photo:みたとも

執筆者
大塚 たくま
ライター。嬉野温泉暮らし観光Webガイド編集長。月に一度、嬉野温泉に宿泊した取材活動を2020年から継続中。